時代小説 雪しぐれ 13

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志乃の心も複雑であった。将来結ばれることは絶対にない相手。しかし志乃の心にぽっと明かりがさしこんだように

また火が付きそうな予感がした。

光行の心は何を考えているのかは、勿論わからないのだが、志乃に何をつたえようとしているのか。

(どうして?奥様がいるのに・・・)気持ちとは裏腹に指先の全神経をこめて、二人は誰にもわからないように手を

しっかりとからませていた。 志乃のせつない時間でもあった。時はゆっくりと流れる。

(昔のように・・・いまもきっと・・・)

光行の気持ちを考えると身を切られるようにつらい事でもあろうと察する。

そんな時間はすぐにすぎてゆく。やがて金魚すくいを終わった子供たちは今度は食べ物のところへゆく。

監視役であるはずなのに、サチはおしゃべりに夢中になっていてこの事は露ほども知らなかった。

志乃は今でも自分の事を思っていてくれる光行を頼もしく見た。

光行はわけへだてなく5人の面倒をみてくれていた。勝も剛史も、父がいないので優しくしてくれる人にはまだあまえたかった。

5人はおなかが一杯になると、風船など買ってもらって大満足であった。

それからお花見は順調よく終わり、しばらくは平穏な日が続いた。

一週間余りでキクの母が、危篤との知らせがあり、平穏さは破られた。

キクが実家へ帰ったあと、また問題が起きた。

「たいへんだ!大変!」

大きな声とともに正造が顔色を変えて店に戻ってきた。

「また、はじまったな、どうかしたか?」

「旦那様、光輝くんが池におちたと・・」

「池?なんで?」

「荒物屋のおじいさんがしらせてくれと・・」

「どこの池だ?」

「双子池です」

この近所にある双子池は大小2つある、しかしそんなに深いわけでもない。

一つの池は大きく深く、二つ目の池は小さく浅く、子供の遊び場所にもなっていた。

光行は仕事をやめて表に飛び出した。細い路地を抜けて、双子池につくと近所の荒物屋のご隠居さんが光輝を介抱していた。

「どうしたんだ?大丈夫か光輝」

ぐったりとしてる我が子を前に 茫然とする光行にご隠居さんは言った。

「かわいそうに。俺はあっちでみていたんだ、光輝くんが突然たおれたんで慌ててたすけた。しかし、水はのんでいない。

なにもせんのに突然たおれたんだ、何か病気ではなかろか」

「そうでしたか、ありがとうございます」光行はご隠居さんにもてつだってもらって、光輝を抱え込むようにしてかろうじて家にはこんだ。

この家で一番やんちゃな子が、元気な子が?なぜ倒れたのか、しかし、この大事な時にはいつものようにキクはいない。

正造は医者の往診を頼みに行った。光輝はひどい熱であった。

サチは光輝を寝かせて、手拭いを絞りおでこにのせて、かいがいしくキクの代わりをした。

「こんなに熱があるのになんでまた遊びにいったんだ?」

光行は冷たい水を用意してのませた。真っ赤な顔をした光輝は無言で話す力もなく寝ていた。

その日の夕方になって、キクは実家からもどった。母親の状態もよくないらしい。

光行の視線はなぜか少し冷たかった。キクもそれは仕方のないことだ、そういう事は想定外だったから、と思った。

町医者に診察してもらったが、あまりはっきりとした診断はでなかった。光行もキクも心配はしていてもどうすることも

できないまま一か月は過ぎた。そろそろ梅雨の走りの飴雨が多くなってくる。

その間にもキクの母親はますます悪くなり、とうとう皆の願いもかなわず亡くなった。

それは年齢のせいでもあるので悔やんでも仕方がないということでもあったが、新学期がはじまってもあれ以来学校を休んでいる

光輝の事もあり、キクは混乱していた。

山本商店にも何か違う空気が漂うことになる。

志乃はそんな様子を知りながら、しかし、志乃にできることは少なかった。

遠くに光行を見て、ひっそりと事の成り行きを伺うだけである。

光輝はあまりにも町医者ではわからないので大きな病院紹介してもらっていく事になった。

続く