時代小説   雪しぐれ 19

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「噂をすれば何とかですよ」

志乃がちらっと見た相手とは予想しなかったサチであった。こんなに早くうまい具合に会えるとは思わなかった。

偶然にも同じ電車にのりあわせていたのだ。

サチの降りる駅は分かっていたので2人は追いかけた。

いつものように速足だったので、志乃は着物なので走るようにあるいた。

先に光行は追いついた。

「サチさん!」

光行の聞き慣れた声に、サチは踵を返して驚いた表情を見せた。無理もない。こんな所にいるはずがないからである。

そしてさらに、後ろの志乃を見てまた眼を丸くした。藤色の美しい着物姿の志乃はみちがえるようであった。

光行とまるで新婚夫婦のように・・・?

自分の想像をはるかに離れた二人の姿は、当然サチの眼には鮮烈に映った。

やっと口を開いたサチは(なんで2人?)当然疑惑を持った。

「あらっ、おそろいでおでかけですか?」

志乃はサチに声をかけたことに一瞬後悔した。しかしこれは仕事のため、と割り切ることにした。

「綺麗!おにあいですわ」

サチの言葉には複雑な皮肉も感じられて、志乃は少し心が痛んだ。

「サチさんが長い事いてくれたおかげで・・やめられてからはやはり大変でしたよ。ちょっとお話があるんですがいいですか?

いや手間はとらせません。よかったらごはんでも、時間がなければのみものでも?」

「ハイ、別にいそぐこともありませんが、こんな所でお会いするとは思いませんでした」

少しだけという条件でサチは応じた。

とりあえず、ラムネを注文して3人は腰を下ろした。

「こんなところで会えるとは思わなかった。お元気そうで何よりです」

「こちらもびっくりですよ。旦那様、それにしても志乃さん,まるで違う人みたいだし、奥様かとおもった」

感心しているのか、皮肉をいっているのかそれとも両方なのか・・・。

「今日は特別な用事でご一緒しています」

志乃はさりげなくいった。あまり深い話はつっこまれたくはなかった。

「ところでサチさんにお願いがありましてね」

「お願い?何でしょう。私にできることなら」

「サチさんは今、どこかで働いておられますか?」

「いいえ、そんな。働くところなどありませんよ」

「こちらでは商売を拡張しようと思ってね。このままでは大変な時代になると思うし、乾物屋もはやらなくなった。

店の半分を改造して、新しくやろうとおもってね。おはぎやのような簡単な商売でいい。勿論私としてはもっと

別のこともやりたいが・・。志乃さんの意見は小さなことに成功してから大きいなことをやればいい、といわれて、当たり前だ、とおもう。

きてはもらえないだろうか。今度はサチさんが一番中心だから」

志乃の立場もそれとなく伝えた。サチがもしか、志乃の事を先輩と呼ばなくてはいけない立場だと、

きっと二の足を踏んでいやがるかもしれない。それとなくサチが一番、といっておくことで志乃のいう事がかならず

一番とはしない。<それなりの立場でいることを心得ている志乃だから、やはりこの家は昔からサチは一番よく知っている>

と強調するほうがサチには来やすいだろうということだ。

「今は私も両親がなくなって、弟の病も随分よくなって、少しは暇ができているので、弟と相談してきめます」

数日後、光行が挨拶に行くということで話はきまった。

これでどうやら人あつめもできた。

そんなある日のことだった。光行は商店街の仲間の集まり、という事ででかけていったが、夜遅くまで帰宅しなかった。

志乃は子供たち面倒をみて、店に行き、正造には帰ってもらって、店は閉め光行の帰りをまっていた。

何かむなさわぎがする。店の大時計は12時をすぎていた。こんなことは一度もなかった。神経をピンとはりめぐらせて

いると、表のくぐり戸の方でなにか音がしたようなのでいってみると、光行はすわりこんでいて、ぐったりっとしている。

(えっ?酔っているの?)

普段あまりお酒は飲まない人なのに。とかけよろうとすると、肩のあたりにべっとり血が・・・!

志乃は仰天した。

「ど、どうされたのですか?」

光行はものをいうのも苦しそうだった。

続く