時代小説 雪しぐれ 18

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志乃は結婚の申し込みには、どのような返事をするかは分からないが、今すぐにという事ではない。

勿論正造には言ってあった。

志乃は何だか何が起こりそうな予感はしていた。幸せな風に吹かれているようで、まるで天国にいるような気持ち、しかし、

周りの事や仕事の事を考えると、手ばなしでは喜べない。今まであきらめようと必死になって抑え込んできた、自分の気持ちもある。

旅館につき、宿帳に二人の名前を書いている光行の背中を見て、やっと本当なんだ、実感できた。

そんなことは想像もしなかった。突然降ってわいたような現実に志乃は、光行がいかに自分の事を思ってくれていたかを

知ることになる。

向き合ってみると、初めての時のように胸がときめく。やがて夕方になり食事がはこばれてきた。

二人はこの数年間の色々をおもいうかべながら、むきあった。

「志乃さん、長い事苦労を掛けてすまなかった。ここでやっと私は決心したのだ。今は時期としてはこういう商売の苦しい時に

いうのもなんだが・・・。結婚してくれるね」

志乃はおどろいた。まさか、こんなに早く言われるとはおもってもいなかった。

そんなに簡単なことでもない。しかし、志乃の考えは変わらない。

「勿論結婚といっても周囲の目もある。子供たちの事もある。だが、子供たちは大きく成れば自立していく。それよりもっと問題は

商売は今転機を迎えているという事だ。籍は入れても今は式もできない。5人の子供が自立するまで働いて、商売もたてなおしたい。

一緒に頑張ってほしい。親としての責任もある」

「分かっているつもりです。このような私でいいのでしょうか。悔いはないのでしょうか。子持ちの雇いの女と一緒になった、

といわれたら・・・」

志乃もそんなことは言いたくはなかった。

「何を言うんだ! 人が何をいおうといい。大晦日、あの日雪しぐれの中であったことをまさか忘れたとはいわせない。

あの日あったという事が巡り合汗というっものだ、今はお互いの伴侶を失なったという同じ立場じゃないか」

志乃は、長い事氷のように冷たく固まっていた心が解けていくのを感じた。

熱い想いは雪をもとかしてくれる。

今は何もかも忘れて光行の心に飛び込んでいける。それは一瞬であるかもしれない。花火のようにすぐに消え去ってしまうかもしれない。

それでもいい、と思った。たとえ一夜の幸せ出会っても、一生報われないよりましかもしれない。

その代りその一夜をの思いを此の先いつまでもひきづっていかなければならないかもしれない。色々な思いがよぎる。けれども、みまもってく

れる人がいる、といいうのは心強い。

確実な愛がある、という事はつらい事も耐え忍ぶこともできる。 その日のすべては志乃にとっては忘れられない夜となった。

二人は夜遅くまで未来について話し合った。

この時予想もしないことが起きるとは夢にもおもわなかった。次の日は一夜の夢から覚めて、さっそく仕事にかからなければならない。

志乃にとっては新しい日々が始まる。

あちこちを歩き、次の商売は何にするのかを考える。

色々見学したり、考えたりした。が、そんな急にはいい事も思いつかない。

帰りの電車でのこと。

「私思うのですが、お店がもともと、乾物店なのでとってつけたようなお店はできないと思います。自然にできる商売が一番

いいと思います。」

「それもそうだな、いきなり水商売もできんしな・・最近の流行の喫茶店や、洋裁のお店もいい。しかしいくら流行だといっても

今すぐにできないのが玉にキズだ」

そのころの喫茶店はそんなにたくさんなかった。むしろ少なかった。光行の一つのあこがれでもあったが、技術は習得しなければならない。

外国から洋裁の技術も同じだ。いずれにしてもすぐには始められない。

志乃の考えはもっと現実的であった。

「それより、お店にあるものを使っての商売だとすぐに始められます。大きなことは小さなことに成功してからでも遅くはないと思います」

「ほう~たとえば・・・?」

「おはぎやさん、和菓子さんです。私の意見はさしでがましいかもしれませんが、サチさんにもう一度きてもらって」

「えっ?サチさんに?もう一度・・・きてくれるかな」

いじめられたはずのサチをもう一度店に呼ぶという。光行には女心は不可解であった。

「大丈夫です。サチさんはきっと働きたいにちがいありません。旦那様が頭をおさげになったら、いやとはいわれないでしょう」

志乃は妙に自信ありげである。

「そうか、だが・・私たちが結婚すると知ったらどういうだろう」

「そんなこと・・・私はたとえそういう立場になったとしても、あの人に奥様なんていわれたくないし、

今までと変わらず働かせていただきます。決しておもいあがったりはしません。サチさんはこの家の大先輩です」

「それでもいいって、きてくれればいいし。そうでなかったら誰かを雇うことにしよう」

夕暮れ時の電車はこみあっていた。その時だった。志乃はある人物をみた。

続く